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「ロックで学ぶ現代社会」rock meets education

−はじめに− 『ロックと若者』

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DO THEY KNOW IT'S CHRISTMAS? Band Aid

ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス バンド=エイド

WE ARE THE WORLD U.S.A. (United Support of Artists) For Africa

ウィー・アー・ザ・ワールド USAフォー=アフリカ

 さて,高校生のみなさん。まずこの2つの曲を聴いてみてください。かなり前の曲ですが,きっとどこかで耳にしたことがあると思います。実はこの2曲は次のようにして作られました。

 1980年代の初めエチオピアを中心とするアフリカ諸国が大旱魃に襲われ,大量の餓死者が出るという悲劇が発生しました。この悲劇を目の当たりに見て,アイルランド出身のイギリスのロック・グループ,ブームタウン=ラッツのリーダーであったボブ=ゲルドフはイギリスの有名なロック=ミュージシャンたちに召集をかけ,難民救済のため新曲のレコーディングを行ったのです。このプロジェクトには,ゲルドフの他にジョージ=マイケル(ワム!)やポール=ヤングら当時人気のあった若手ミュージシャンが集まったのですが,協賛者の中にはポール=マッカートニーやデイヴィッド=ボウイらベテランミュージシャンの名も見られました。こうしてイギリス=ポピュラー音楽界総出演となったこのレコード『ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス』は,その年のみならず当時までの英国音楽史上最大のヒット曲となり,多くの収益金が難民救済のために集まりました。そして,この曲の成功に刺激を受けたアメリカの音楽界も同様の救済計画に取り組み,ハリー=ベラフォンテやクインシー=ジョーンズら黒人音楽家の呼びかけに,マイケル=ジャクソン,ライオネル=リッチー,スティーヴィー=ワンダー,ブルース=スプリングスティーン,ボブ=ディランらの有名ミュージシャンが集結し,『ウィー・アー・ザ・ワールド』が制作され,世界中で大ヒットを記録したのです。このような試みはドイツ,カナダ,日本などにも広がり,世界の音楽界は一躍「難民救済ブーム」を迎えました。そしてその頂点となったのが,1985年夏にロンドンとアメリカのフィラデルフィアをテレビで結んで延々16時間にわたって行われたロックコンサート『ライヴ・エイド』でした。このコンサートでは1日で約165億円の救済金を得,ボブ=ゲルドフは一時その年のノーベル平和賞候補にも推されたほどでした。

 この「音楽による難民救済運動」の背景にあったものは何でしょうか?それは,とりもなおさず,19〜20世紀の帝国主義的植民地経営によってアフリカ諸国の慢性的飢餓の種を蒔いたイギリスと,その祖先の多くがアフリカからやって来た大量の黒人人口を擁するアメリカのアフリカに関する関心の高さでした。この運動の第一の意義は,若者が音楽を通して「世界はひとつ」「人間は平等」と世界に向かって訴えたところにあります。それまでロックなどの若者文化は,クラッシック音楽や絵画などの"上品な"「おとなの文化」に対して,あくまでも「下位文化」(サブ=カルチャー)であると思われていました。しかし,このときはその"子どもだまし"と思われていた若者文化が,政府や国際機関でさえなしえなかった成果を挙げたのです。その意味で,我々はこのふたつの曲を忘れてはならないでしょう。

 ところで,この本の題名は『ロックで学ぶ現代社会』ですが,それではなぜ「ロックで現代社会を学ぶ」意味があるのでしょうか?

 私は,ビートルズの大ファンです。もっとも,今年(平成18年)45歳になった私は,昭和36年(1961年)の生まれですから,残念ながらビートルズ解散当時でもまだ9歳。とても,彼らの持っていたあのパワーと社会的影響力を知る術もありません。つまり私は「同時代の音楽としてビートルズを聞いた」のではなく,「確立された権威を持ってビートルズを聞いた」世代です。すなわち,私は彼らの音楽を"ポピュラー音楽"としてではなく,一種の"クラシック音楽"として聞いていたことになるのかもしれません。

 ともあれ,私にとって彼らや1960年代の音楽はあたかも『聖書』のような存在であり,それらは私の行動の指針のひとつでした。70年代の音楽は同時体験が可能でしたが,それでもなお,海の向こうのヒット曲は,私にとってキャンディーズやピンク=レディの音楽とはまったく違ったものでした。

 そんな私は1983年(昭和58年)高等学校の教員(社会科/専門は『世界史』)となりました。ところが,その2年ほど前に行われた学習指導要領の改定で,社会科に新たに『現代社会』という科目が導入され,大学出たての新米教員の私も何の経験もないままにその指導を行わなければならなくなりました。最初は大変困惑しましたが,次第におもしろいことに気がつきました。その"難しい"『現代社会』の学習において(ときには『世界史』も),私の愛するロック・ミュージックが授業の導入のきっかけとなってくれたり,あるいは問題の解決方法を示してくれているのです。そこで私は『現代社会』や『世界史』の指導にロックを使ってみました。中には"不まじめでは?"という声もありましたが,やってみると大好評で"次の授業が待ち遠しい"と言ってくれる生徒もずいぶんたくさん出てきました。あの"こ難しい"社会科がです。これに意を強くした私はその後も,どのようなテーマでどのような曲が使えるだろうかという研究を続け,今回言うところの 『ロックで学ぶ現代社会』(あるいは『世界史』)の原型を作ってきたのです。

 さて,皆さんご存じのように,平成6年度からの文部省学習指導要領の全面改訂によって,高等学校からは「社会科」という教科がなくなり,代わって「地理・歴史科」(『日本史A・B』・『世界史A・B』・『地理A・B』)および「公民科」(『現代社会』・『政治・経済』・『倫理』)が誕生することとなりました。特に「地理・歴史科」においては,従前の『現代社会』に代わって全国の高校生に「世界史」が必修とされました。そして,学習者の便宜を図るため,大学受験を前提としたコースで行われる『世界史B』(旧課程『世界史』と内容はほぼ同じ,標準単位〈卒業までに履修する1週間あたりの授業数〉「4」)と,主として職業高校などで行われる『世界史A』(近・現代史中心,標準単位「2」)に分けられることになりました。(『日本史A』『日本史B』も扱いは同じです。)

 ところで,私は,教科書の選定作業中に,喜ばしいことに気がつきました。このとき出版された幾つかの『日本史』『世界史』『現代社会』などの教科書に,真正面からビートルズを取り扱ったものがあるのです。

 もちろん,ビートルズが高等学校の教科書にとり上げられたのはこれが初めてというわけではありません。ビートルズは「若者文化のチャンピオン」として,「ジェームズ=ディーン」や「ジーンズ」という単語と同様に,現代若者・大衆文化成立の上で一時代を画した重要事項として「現代社会」の「専門用語(テクニカル・ターム)」となっているのです。

 また,かなり以前から,音楽の教科書には『イエスタデイ』や『レット・イット・ビー』などの曲がとり上げられ,英語の教科書にもビートルズについて扱ったものがかなりありました。しかし,注目したいのはあくまで彼らが『現代社会』や『世界史』の教科書にとり上げられたということです。以前から,ビートルズは「若者文化のリーダー」として,あるいは「大衆芸術家(ポピュラー・アーティスト)」としては『現代社会』の教科書などのエスタブリッシュメントの世界でとり上げられることが多々ありました。しかし,今や彼らは「歴史上の人物」として『世界史』(あるいは『日本史』)教科書にも登場してくるのです。ビートルズとロック・ミュージックを愛するものにとっては,特筆すべき大事件でした。

 この本は,そのようなロックをめぐる新しい状況の中で,私の23年の教員生活における経験や教育界の変化を根底に,教室での『現代社会』の授業を再現するという形で書きつづってみました。本書は『現代社会』や『世界史』を初めて学ぶ高校生の諸君はもちろんのこと,教科書に登場したビートルズやその他のロック・ミュージシャンの名前に驚く,高等学校の地理・歴史科/公民科の先生方にもぜひ読んでいただきたいと思っています。ご一読ののち,ご批判をいただければ幸いと思います。

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