「ロックで学ぶ現代社会」rock meets education
第1部 『現代社会における人間と文化』〜現代社会の特質と青年期の課題
第7章 宗教と芸術
*大 坂 「今日から,新しいテーマの『宗教』にはいります。」
*B 君 「先生,そんなこと学校で教えてもいいんですか?問題になるんじゃないんですか?」
*Aさん 「そうですよ。オウム真理教問題とかいろんな宗教的な問題があったでしょう。マズイんじゃないですか?」
*大 坂 「そんなことはないよ。確かに,公立学校では特定の宗教を布教したり宣伝したりすることは禁じられているけれども,"宗教的教養"というか古来人間がどんなふうに神を信じてきたりそれを通じてどのように文化を培ってきたりしたかということは,『現代社会』で教えなければならない重要なテーマなんだ。それに"愛"のテーマのところでも分かったように,それぞれの宗教がどうやって人を救おうとしたかを考えることは,青年期の生き方を学ぶ上で意義あることだったね。」
*B 君 「でも,それ以上何を勉強するんですか?"宗教の歴史"を勉強するんですか?イエス=キリストがいつ生まれたかとか。」
*大 坂 「知っているに越したことはないけれど,とりあえずここでは『世界史』の勉強をするんじゃないからそれはひとまずおいておこう。ここでは"誰がいつ"ではなくて,人々が"どのように"神を信じてきたかということを中心に考えてみたい。ところで君たちの宗教は何だい?」
*B 君 「そんなこと考えたこともないです。何か宗教を信じているなんて言ったら"アブナイ"奴だと思われるもの。」
*Aさん 「そうですよ,先生。神様なんかいるって思ってるんですか?そりゃ,おじいちゃんのお葬式にはお坊さんが来てお経をあげていたからウチは仏教なのかもしれないけれど,父も母も私もお経なんて知りませんよ。」
*大 坂 「きっとそれが現代の高校生の一般的な意見なんだろうね。だけどね,さまざまな新興宗教団体が関係する問題でもクローズアップされたように,決して現代の若者が宗教に無関心なわけではないんだ。現に君たちも,『神様なんて信じていない』といいながら,週刊誌に載っている星占いなんかは熱心に見ているし,こっくりさんとかおまじないとか,なんかオカルト的なものにすごく興味があるんじゃないかな。」
*Aさん 「それはそうですね。初詣とか行くし…。」
*B 君 「クリスマスには,ケーキ食べるし。」
*Aさん 「それは,関係ないでしょう。」
*大 坂 「簡単に関係ないと言い切れるかな?」
*Aさん 「どうしてですか?」
*大 坂 「つまりね,お正月に初詣に行ったりクリスマスにケーキを買ってきたりすることは,日本では"宗教"から"年中行事"に変わってしまっているんだね。つまり,多くの日本人は,生まれると神社にお宮参りに行き,お正月にはお寺に初詣に行き,結婚式は教会で挙げ,クリスマスにはケーキを買って祝い,バレンタイン・デイにはチョコレートを贈り,死んだら坊主が来てお経をあげてくれる。ところが平気で『私は神を信じていません』なんて言うものだから,外国の人は面食らってしまうらしいね。日本人はなんていうイイカゲンな民族なんだってね。」
*Aさん 「でもクリスマスにケーキ買ったって,別にキリスト教を信じる必要もないでしょう。だいたいバレンタイン・デイなんてどんな日なのか意味も知らないし…。」
*B 君 「あー,意味なんか分からなくていいから,黙ってチョコレートだけちょうだい。」
*Aさん 「バカ!」
*大 坂 「チョコレートは私も待っているけれど…」
*Aさん 「先生まで何ですか!」
*大 坂 「まあまあ,そう怒らずに。つまり,日本人は宗教に関してものすごく寛容でありながら,けっこうおまじないとか占いなんかのオカルト的なものに興味を持っていて,しかしなおかつ,自分は神を信じていないつもりになっている不思議な民族だってことだよ。」
*Aさん 「それは確かに言えますね。」
*B 君 「でも,外国の人って本当に神様を信じているんですか?」
*大 坂 「もちろんいろんな人がいるだろうけれど,一般的には日本人よりも宗教に熱心な人が多いね。たとえば,外国航路の旅客船のコックさんは日本人が一番好きなんだそうだ。」
*Aさん 「えー,どうしてですか。」
*大 坂 「宗教的なタブーがないから,何出しても喜んで食べてくれるということらしい。世の中には,たとえばイスラム教徒が宗教的な理由から豚肉が食べられなかったり,ヒンドゥー教徒が牛肉を食べられなかったり,そもそも一切の肉や魚が食べられなかったりする人がいるからね。」
*B 君 「難しいんですね。」
*大 坂 「それに今テーマにしているロックの問題だって,日本の曲で神様のことを歌った歌なんてないだろう?」
*Aさん 「はい,先生。ウチには畠山みどりの『恋は神世の昔から』というレコードがあります。」
*大 坂 「すごいのを知っているねえ。」
*Aさん 「父の趣味です。(^<^)」
*大 坂 「別に胸を張って言わなくてもいいけれど,あれだって,結局はラブ・ソングだろう。だけどね,外国には純粋に神様のことを歌った曲が結構たくさんあるんだ。たとえばこれはどうだい。アメリカではナンバーワンの大ヒットとなった曲だよ。」
MY SWEET LORD George Harrison 1970
マイ・スウィート・ロード ジョージ=ハリスン
ジョージ=ハリスンは言わずと知れたビートルズのギタリスト。"クワイエット・ビートル"のニックネームとおり,ビートルズ時代はジョン=レノンとポール=マッカートニーの2人の天才の蔭に隠れて目立たない存在であったが,1965年ころからインド音楽に接近し,次いでインド哲学やヒンドゥー教に帰依することとなった。解散直後LP3枚組(CDでは2枚組)のアルバム "All Things Must Pass" (邦題は『ジョージ=ハリスン』,タイトルを直訳すれば"諸行無常")を発表し,最初のシングル・カット曲であるこの『マイ・スウィート・ロード』が大ヒットすると,隠れていた才能が開花したと世界中で激賞された。この曲は,彼の信ずるヒンドゥー教の最高神のひとりクリシュナの神に捧げられた曲である。しかし,アメリカの女性ヴォーカル・グループ,シフォンズのヒット曲『ヒーズ・ソー・ファイン』に酷似していると盗作の疑いをかけられ,ついには有罪判決が出るという衝撃的な経緯をたどった。
*B 君 「目をつぶってメロディだけ聞くととってもいい曲だけど,歌詞を見るとちょっとギョッとしますね。」
*Aさん 「本当。でも日本だったら,こんな内容の曲はちょっとヒットしそうにはないですね。」
*大 坂 「確かにね。日本人は宗教に無関心であるだけでなく,さっき君たちが言ったように,宗教と聞くと何か"ウサンクサイ"ものだと思ってしまう傾向があるよね。」
*B 君 「毎年何百万人もの人が初詣に行ったりするのを見ると,決して日本人が宗教を嫌いというわけじゃないんでしょうにね。」
*大 坂 「不思議な民族だと思うよ。」
*Aさん 「世界中には信じている神様が違うという理由で,殺しあう人たちもいるっていうのにね。」
*B 君 「でも,どうして世界中にはあんなにいっぱい宗教があるんでしょうか?もし本当に神様が存在するのなら,地球はひとつしかないのだから,神様もそんなにたくさんいるわけないでしょう。」
*Aさん 「同じ神様のことを,いろんな民族がいろんな名前で呼んでいるだけじゃないの?」
*大 坂 「そういうふうに考える人もいるよね。たとえば,7世紀にアラビア半島でイスラム教をはじめたムハンマド(マホメット)は,今までユダヤ教徒やキリスト教徒が"ヤハヴェ"(エホヴァ)と呼んでいた神様は実は本当はアッラーという神様で,神はユダヤ教のモーゼとかキリスト教のイエスとかいろんな預言者を地上に遣わせたけれど,その中の最後にして最大のものが自分すなわちムハンマドだというんだね。」
*B 君 「なんか,都合がいいですね。」
*Aさん 「でも,逆に本当はもともと神様なんて存在しないから,みんなが勝手に神様を創り出しているとも考えられるんじゃないですか?」
*大 坂 「Aさん,君今日はずいぶんスルドイいね。」
*B 君 「ホント,観音様みたい。」
*Aさん 「ウルサイ!」
*大 坂 「いわゆる,無神論者といわれる人たちにはそう考える人が多いみたいだけれど,日本人はさっきから言っているように決して"無神論者"じゃないんだよね。そのへんが日本人の不思議なところだよ。その問題については,この曲が解答になるのじゃないかな。」
GOD John Lennon 1970
神 ジョン=レノン 1970年
☆注
*1/ "I Ching" とは,中国の春秋時代(前770〜前403年)の成立した儒教経典のひとつ『易経』のこと。第一に占いのためのテキストであり,街角で筮竹(ぜいちく)などを使い占いを行う,いわゆる"易者"の基本的な教科書である。そして同時に,どうすれば少しでも凶運を切り抜けられるかという処世術の教えである。さらに,宇宙論的哲学であり,大宇宙は陰と陽の2気の絡み合いによって成立しており,無限に流動し刻々と変易(変化)する。ところで,大宇宙は変易してやまないが,天体の動きに一定の周期があるように,変易のしかたに不易(不変)の法則があるはずである。その秘密は言語や論理ではなく,『易経』の持つ象徴(卦)と数理によって簡単に把握される。人間は小宇宙であるから,人の未来の運命もまた『易経』によって予見される,とする。
*2/ タロットは西洋伝統のカード占い。「杖」「杯」「剣」「星」の4組のカードからなる。中には古代エジプト以前にまでさかのぼる起源を持つものもあるが,それぞれの組が隠された主題を持っており,占い師は直感によって配列されたカードの意味を読み取る。
*3/ アメリカ合衆国第35代大統領,John Fitzgerald Kennedy(在位:196163)のこと。合衆国初のアイルランド系カトリックの大統領として若干44歳にして就任。"ニュー・フロンティア"政策を掲げてアメリカ国民に絶大な人気を誇ったが,ビートルズ初のアメリカ公演旅行直前の1963年11月22日,テキサス州ダラスで暗殺された。凶行直後に容疑者のオズワルドが逮捕されたが,彼自身が暗殺され事件の背景は闇に葬られた。
*4/ シャカ,釈迦牟尼,仏教の創始者ガウタマ=シッダールタ(前5世紀ころ)のこと。悟りをひらきブッダ(仏陀)と呼ばれる。
*5/ "mantra"はサンスクリット語。真言と訳す。真実にして偽りのない言葉の意味。仏,菩薩,明王,諸天などの誓いや徳や教えの深い意味のこもった秘密の語句を指す。
*6/ 『ギータ』("gita")とは『バガヴァッド・ギータ』("Bhagavadgita")のこと。古代インドの大叙事詩『マハーバーラタ』(前1世紀ころ成立)の一部。バガヴァッド(至福者)として尊崇される神の宣示する歌(ギータ)で,聖地クル クシェートラにおけるバラタ族の戦いの発端場面において同族間の戦争に疑念を抱いて煩悶する勇士アルジュナに対して,彼の戦車を御するクリシュナ−実は神バガヴァッド−が宣べる教説を中心とする。肉体の生死にかかわりのない永遠不滅の純粋精神を認識する知能の道,成否,得失を度外視して自己の本務を私心なく遂行する道を説くとともに,神に献身的愛(バクティ)を捧げるものは,所行の善悪や生まれの貴賎にかかわりなく,均しく神の恩寵によって解脱の境地に至るという福音を格調高く歌っている。インドのバイブルとされる。
*7/ ヨーガとは古代インドに成立した独特の修業法。種々なる対象に移り行き,抑え難い心を集中することで正しい坐法によって呼吸を整え,感覚と意識を制御して精神を統一純化し,悟りの境地に進み,あるいは超自然力を得る。しかし学派としての勢力は現在ほとんどなく,苦行はまたは健康法に化した特異な風習にその名残をとどめている。
*8/ "Zimmerman" とはボブ=ディランの本名
*9/ The Beatles の曲 "I Am The Walrus"(1967)より
ジョン=レノンは,1966年イギリスの雑誌とのインタビューに答えて,
「キリスト教はやがて衰えるであろう。僕たち(ビートルズ)は,今やイエス=キリストよりも人気がある。イエスは立派だったが,弟子たちが愚かであった。」
と発言した。イギリスでは何の話題にもならなかったが,これがアメリカの雑誌に転載されるとキリスト教信仰心の強い南部諸州(いわゆる"バイブル・ベルト")で問題化し,ビートルズのレコード不買運動や公演反対運動が巻き起こったことがある。このときはマネージャーのブライアン=エプスタインの指示で急遽釈明会見が行われ,レノンは自分は"神を信じている"と明言した。
ところで『神』は,前述したジョン=レノンが過去の自分との決別のために制作した "John Lennon"(『ジョンの魂』)の収録曲。ここで彼は,かつて自分が影響を受けたもの(東洋思想,エルヴィス,ディランからビートルズまで!)を片っ端から否定し,最後には,自分と妻の小野洋子しか信じないと言い切る。
この曲の中でレノンは,
「神とは 我々が 自らの苦悩の程度を測る 概念である」
と,この度は神の存在を否定し,世間にセンセーションを巻き起こした。
人間が目に見えぬ超自然の力にすがろうとすることは古来どんな民族にも見られることであるが,そこには一定の法則があった。すなわち,農耕民族なら大きな収穫を約束してくれる農業の神を拝み,狩猟民なら狩りの安全と多数の獲物獲得を狩猟の神に祈るのである。つまり,その民族の信じている"神"の姿を見るならば,その民族の生活が見えてくる。要するに,砂漠の中で周囲の強大な民族に翻弄されたヘブライ(ユダヤ)人の苦悩の歴史をひもとけば,なぜ彼らの神が強大な力を持ち,天から民を見下ろし戒律によって民をコントロールする唯一絶対神ヤハヴェ(エホヴァ)であったのかが分かるし,豊かな自然と四季に恵まれた農業国家日本では,八百万(やおよろず)の極めて人間的な神々が活躍する理由もおのずから知れるのである。つまり,ここでレノンは『神が人間を創ったのではなく,人間が神を作ったのである』と言っているのだ。すなわち,その人が信じている神の姿を見ればその人の苦悩がどのようなものであるかが分かると。もちろん,それぞれの宗教を信仰する人々の立場から見れば,この考え方は極めて"罰当たり"なものであろうが,"神"を説明する上で極めて説得力のあるひとつの理論であることも確かであろう。
*Aさん 「何か鬼気迫るものがありますね。」
*B 君 「でもこの歌,仏教とかヒンドゥー教とか東洋の思想に詳しくないと何のことか分かりませんね。」
*大 坂 「ま,それはそうだけれど,1960年代末期にはヨーロッパでインドの文化がブームになってね,インドの楽器を使ったロック"ラーガ・ロック"なんていうのが流行したりしたんだ。だから当時を生きた西洋人だったら,どこまで理解しているかは別として,大ざっぱな意味はつかめると思うんだ。ジョン=レノンには他にも『インスタント・カーマ』("Instant Karma" =即席の業〔ごう〕)なんていう曲もあるけれど,やっぱりその代表はジョージ=ハリスンだろうね。何と言っても,彼がこのインド・ブームの火つけ役だったんだからね。それじゃあせっかくだから,彼の代表的なラーガ・ロック『ウイズイン・ユー・ウイズアウト・ユー』を聞いてみよう。
WITHIN YOU WITHOUT YOU The Beatles 1967
ウイズイン・ユー・ウイズアウト・ユー ザ=ビートルズ 1967年
この『ウイズイン・ユー・ウイズアウト・ユー』は,前述のアルバム『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』の(LPでは)B面最初の曲。いわゆる"ラーガ・ロック"の代表的作品。ジョージ=ハリスンは,1965年のアルバム『ラバー・ソウル』の中の印象的な1曲『ノーウェジアン・ウッド』(ノルゥエーの森)でつたないインド楽器シタールの腕を披露して以来,インド音楽・哲学にのめり込み,インド人シタール奏者ラヴィ=シャンカールに師事しインド音楽を学ぶとともに,"聖者"マハリシ=マヘシュ=ヨギを通じて瞑想修業を行うなどの傾倒を見せた。
*Aさん 「なんか不思議な曲だけれど,こうして音楽を聴きながら考えると,宗教も身近なものに感じられますよね。」
*B 君 「ま,お経を聞いてるよりはね。」
*Aさん 「ふまじめな人!」