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「ロックで学ぶ現代社会」rock meets education

第1部 『現代社会における人間と文化』〜現代社会の特質と青年期の課題

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第5章 青年期の変質

1.エネルギーを失う青年たち

*大 坂 「やあ,お帰り。よく走ったかい?」

*B 君 「ハァ,ハァ,ハァ…,ノセられてあんなことするんじゃなかった。もうクタクタですよ。やっぱり,もう若くないのかなぁ?」

*Aさん 「もう,そんなこと言わないで校庭もう5周!」

*B 君 「ひぇ〜,お助けください女王様!」

*Aさん 「えーい,10年早いわ!さあ行くぞ!」

*B 君 「あれー!」

*大 坂 「あー,これこれ,君たちどんなつもりか知らないが,チャイムはとっくに鳴っておるぞ。早よ席に着け!」

*Aさん・*B 君 「ゴメンナサーイ。」

*大 坂 「今日はまず,この新聞記事から読んでもらおう。」

◎『朝日新聞』 1991(平成3)年5月9日

 韓国 民主化拡大へ大揺れ

 【ソウル8日=小田川興】警官の殴打によるデモ学生の死亡を契機とする韓国の反政府デモは,女子学生を含む大学生ら4人が抗議の連鎖自殺に走るという異常事態に発展した。民主化を掲げて盧政権がスタートして3年余。内攻し先鋭化する学生運動の背景には,かつて,2人3脚を組んでいた野党や在野勢力との間に生じたミゾ,懸案の治安法の改廃の決着を先延ばしにする盧政権に対するいら立ち,焦りが横たわっている。

 学生,閉鎖状況に焦り

 〔出口求めて〕発端はソウルの私立,明知大2年,姜慶大君(20)が同大正門付近でデモ中に「白骨団」と呼ばれる私服のデモ鎮圧隊の警官数人に鉄パイプで殴られ死亡した事件(4月26日)。その後十余日の間に光州の国立全南大2年の女子学生,慶尚北道安東大2年生,ソウル近郊の城南市 園大2年生,そして8日には在野団体の全国民族民主運動連合(全民連)幹部が相次ぎ抗議の焼身自殺を図り,3人は死亡,女子学生も重体が続いている。 園大生の千君の遺書はこう訴える。「政権と独占資本家たちが労働者と民族を弾圧する間,我々は何をしたか。学友が鉄パイプに死んだ悲しみと怒りをそれ自体で終わらせず,権力と正面闘争しよう」

 仲間のある学生は「現政権は民主化の遅れに対する国民の不満を押えつけ,学生,在野の連帯を断ち,姜君の死亡事件にも責任を取ろうとしない」と批判。

 〔続く抑圧〕盧政権は今春から30年ぶりの地方自治復活に踏みきり,第一弾の選挙を実施するなど一定の民主化を進めてきた。しかし,在野団体のある幹部は「民主化の恩恵を受けているのは中産層以上のみ」と指摘。全国で百万人を越すバラック住まいの労働者(国土開発研究院調査)をはじめ低所得層は疎外感を深めていると強調する。在野,学生団体の活動家らは「盧政権は全政権と変わるところがない」と決めつけ,学生デモの主導者に対するより巧妙な圧迫,催涙弾の多用,労働運動の封じ込めなどを例としてあげる。

 韓国では学生,在野の不満や怒りを野党がすくい上げ,政治改革の推進力にしてきた。しかし,昨年の政界の保守合同以後,大与党である民自党が議会を主導し,野党の政策が反映されにくくなった。金大中氏の率いる新民党はじめ野党は与党とも妥協を模索しながら,民主化の前進をはかる道を選んでいる。

 在野勢力もこの中で既成の「政治圏」への3入に活路を求め,学生や小規模企業の労働者の声は聞こえにくくなっている。

 〔治安法〕与野党は,今回の事態収拾を目指し,開会中の臨時国会で懸案の国家保安法など治安法の改廃問題の審議に取り組んでいる。

 新民党が国家保安法の廃止と,それに代わる「民主秩序維持法」の立法を主張するのに対して,小幅改正で決着を図ろうとする与党。最高検察庁が,「国家安保に重大な影響を及ぼす」として,政府に意見書を提出するなどの事情もある。

 盧政権が,どう事態解決の道を見いだすか。「現政権に根深い冷戦式の思考を清算する必要がある」(韓完相ソウル大教授)というのが韓国知識人らの見方だ。

◎『朝日新聞』 同日

 韓国でまた焼身自殺   政権打倒叫び  ソウルの大学構内

 【ソウル8日=小田川興】韓国でデモ学生の死亡事件を契機に反政府デモが広がる中,8日朝,ソウルの西江大学で在野団体の「全国民族民主運動連合」幹部の金基

*さん(25)=同大哲学科休学中=が「盧政権を打倒しよう」と叫んでシンナーを体に浴びて火をつけた上,5階建の同大屋上から飛び降り,病院に運ばれたが,間もなく死んだ。金さんは屋上に両親と国民あての遺書2通を残していた。  韓国では先月末,学費値上げ反対闘争で逮捕された学生リーダーの釈放を求める学生が警官に殴られて死亡するという事件が発生。以来,学生4人が抗議の自殺を図り,金さんを含め3人が死亡している。

*B 君 「一体なんですか,これは?この学生たちはどこかおかしいんですか?自殺も自殺だけれど,イジメとか失恋ならまだ話も分かるけれど,『政治が悪い』なんていって自殺するなんてどうかしてますよ。」

*Aさん 「そうですよ。親からもらった体だもの,大事にしなくちゃ。こんないいかげんな人たち見るとほんと腹が立つわ!」

*大 坂 「なるほどね,君たちの目にはやっぱりそう映るらしいね。」

*Aさん 「だって,当たり前でしょう。先生も前は『自殺はいけない』っておっしゃっていたのに,自殺を認めるんですか?」

*大 坂 「いやいや,そんなことはない。どんなときでもやはり自殺はいけないよ。ただね,韓国は日本とは比べ物にならないほど儒教道徳が色濃く残っていて,今でも目上の人の前では酒を飲んではならなっかったり煙草を吸ってはならないとさえ言われるんだ。だからもちろん最大の親不孝の自殺が肯定されるわけがない。それは日本以上だと思うよ。なのにその韓国で,こうやって若者が次々に『政治的理由』で命を絶ったんだ。それも,最も苦しいといわれる焼身自殺でだよ。これはどうしてだろう?」

*B 君 「だから,どっかおかしいんだと…。」

*大 坂 「そう言うのは簡単だけど,それじゃあ全然問題の解決にならないんじゃないかな。私がこんなことをわざわざ持ち出したのは理由があるんだ。ちょっとこのグラフを見てほしい。数年前に行った君たちの先輩の本校生徒1年生に対するアンケート調査なんだが,『あなたが今興味を持っていることは何ですか?』問いに,複数回答可で答えてもらったものだ。 あなたが今興味を持っていることは何ですか?

*大 坂 「どうだい?」

*Aさん 「やっぱり,音楽とか映画なんかが一番人気があるみたいですね。」

*B 君 「結婚については,男子は何も考えていないのに女子はけっこう興味を持っていますね。」

*大 坂 「政治はどうだい?」

*B 君 「ほとんどいませんね。でも,それって当たり前でしょう。なんかムズカシイし,僕たちには関係ないことだし…。」

*大 坂 「さあ,それはどうかな?もう数年したら選挙権を獲得できるということは別にしても,君たちも日本で生活している以上,消費税も払えば道路も通るし,学校にも通っている。政治や,社会や,経済や,文化と関係なく生きていくことは不可能だろう?」

*Aさん 「それはそうですけど…。」

*大 坂 「それに,別に若者が昔から政治に無関心であったわけじゃないんだ。たとえば,日本でも1960年代には『学生運動』の嵐が吹き荒れて,この新聞の韓国の状況とほとんど変わらない時代もあったんだ。それなのに,今はほとんどの高校生が政治には無関心。どうしてなんだろうね?」

*B 君 「どうしてって言われても,そんなこと考えたことなかったものなぁ…。」

*大 坂 「それじゃね,この調査を見てごらん。」

 財団法人日本青少年研究所 2005年3月発表

「高校生の学習意識と日常生活−日本・アメリカ・中国の3ヶ国比較ー

あなたの将来は次のどれになりそうですか?


日本米国中国
1輝いている23.845.833.8
2まあよいほうだが最高ではない30.623.445.8
3あまりよくない10.01.14.7
4だめだろう6.20.40.8
5わからない28.627.714.6
無回答0.81.60.2

*Aさん 「へぇ,「輝いている」と「まあよいほうだが最高ではない」をあわせると,日本が54.4%なのに対して,アメリカが69.2%,中国にいたっては79.6%ですか!すごいですねぇ。日本の高校生はどうしてこんなに夢も希望もないんでしょう?」

*B 君 「気持ちは分かるけれどね。だって,どんなに勉強したって僕の成績じゃあ東大へ行けるわけでもなし。そしたら有名大企業にも就職できないし,せいぜい中小企業の課長止りかなあ。それなのに,将来に夢なんか持てるはずないじゃないですか。」

*大 坂 「確かにそのとおりだ。」

*B 君 「ちょっとちょっと,先生,もう少しフォローの仕方があるでしょう!」

*大 坂 「まあそれはそれとして,現在の学歴社会では"いい大学"へ行かなければ"いい会社"へ入れなくて,そうなると"いい生活"ができないという三段論法が成り立ってしまうものね。若者が将来に夢も希望も持てなくなってしまうのもよくわかるよ。そして,そういう無力感に襲われているから,『自分なんかに社会を変えることができるはずがない』と政治や経済にも無関心になるんじゃないのかな。」

*Aさん 「でも先生,テレビなんかで見ると韓国もものすごい学歴社会で,受験戦争がものすごいみたいなのに,どうして政治に無関心じゃないどころか政治のために死ねたりするのですか?」

*大 坂 「もちろん,民族性もあるとは思うけれど,全斗煥元大統領や盧泰愚元大統領の逮捕に象徴されるように,韓国の政治はまだまだ安定しているとは言いがたいところがある。『乱世には若者の力が台頭』するものだから,若者たちも今なら自分たちの力で政治を社会を変えることができるという意識に燃えているからじゃないかな。」

*B 君 「中国やアメリカはどうなんですか?」

*大 坂 「中国の場合はまだ経済も発展途上にあるし,まだまだ不安定要素が多いから,まだ若者が力を発揮する場面が多いんだろうね。そして,若者たち自身もそのことを自覚しているってわけさ。」

*Aさん 「でも,アメリカは先進国じゃないですか。」

*大 坂 「これはやっぱりお国柄かな。アメリカは歴史の新しい移民の国だから,国家というのはただ暮らしている場所というよりも"自分たちで創り上げていくもの"という意識が強いからね。そして,人種偏見とかもあるけれど,基本的に『実力社会』だから,自分の努力で自分の夢をかなえることができるという気持ちにあふれているからだと思うよ。今はあんまり聞かなくなったけれど,ある朝目覚めてみたら有名になっていたなんていういわゆるオーバーナイト・ドリームなんていう言葉があるよね。努力すれば報われるという,古くはリンカン大統領から新しいところではマリナーズのイチロー選手まで"アメリカン・ドリーム"の実現者には事欠かないだろう。」

*B 君 「それじゃあ,日本の若者は見こみなしですか?」

*大 坂 「確かに日本の社会はすっかり成熟していてとても『乱世』とは言い難いけれど,IT界への青年実業家の登場なんかで,ここのところちょっとは若者の活躍の場面も出てきたじゃないか。」

*Aさん 「それじゃあ,日本の若者ももう大丈夫ですね。」

*大 坂 「さあ,そううまく行くかな?今日はこの曲を聴いてほしい。」

傘がない  井上陽水   1972年

*Aさん 「何ですか,これ?ほんとに井上陽水なんですか?」

*B 君 「そうですよ。なんかの間違いじゃないんですか?」

*大 坂 「いやいや間違いじゃないよ。井上陽水はいまでこそ都会派ポップスの旗手のように思われているけれど,70年代のデビュー当時はこの『傘がない』のような社会的な意味を持つ歌を歌っていたんだ。」

*B 君 「だけど,いったいこの歌に,どんな"社会的意味"があるんですか?」

 井上陽水は,よしだたくろうとともに日本フォークソングの発展期を代表するシンガー・ソングライターである。デビュー当時は社会的な反響を呼び起こすような曲を多く発表していたが,『傘がない』はその時期の代表的作品で,その頃から増えはじめた新しいタイプの若者のことを歌った歌である。

 若者とは,エネルギーに満ちあふれ,ナイフのように研ぎ澄まされて,疾風怒涛の時期にある−これが"伝統的若者像"であった。しかし1970代になり,社会が成熟し学生運動の波もおさまると,何をする気力もなく,自分の好きなことにしか興味を持たず,何を見ても心騒ぐことはないという,本来の若者の姿と相反する「無気力」「無関心」「無感動」の若者が登場してきた。これを三無主義(あるいは「無責任」を入れて「四無主義」)といい,そのような生きる目的を失ったような若者の登場は当時大きな社会問題ともなった。

 井上陽水は歌う。

 若者の自殺は当時も今も大問題であることに変わりはない。しかも,この曲の主人公も同じ若者としてそれには無関心でいられるはずがなく,そのことに無感動でいられるはずもない。しかし,彼にとっての大問題は都会の若者がどのような理由で自らの命を絶ったかではなく,窓の外に降っている雨のことであり,自分が傘を持っていないため恋人のところに行くには濡れてしまうという,まったく個人的なことである。同じく2回目には,一番と同様に今度は政治的な無関心が歌われる。そして傘がないことを嘆きながら,

「つめたい雨が 僕の目の中に降る
  君のこと以外は なにも見えなくなる」

と,彼女に対する愛の忠誠を誓い,そして最後に一言,

「それは いいことだろう?」

と,社会的責任の放棄=驚くべき無責任が歌われるのである。

*B 君 「よく聴くと,ずいぶん恐ろしい歌ですね。」

*Aさん 「そうそう,私にも心当たりがあるもの。」

*大 坂 「確かに,高校進学率が90パーセントをはるかに越えるようになった現在では,いったい何のために学校に来ているのかがまったく分からないような生徒も増えてきたね。授業中は私語してなきゃ寝ているし,部活動に熱心なわけでもない。宿題は忘れるし掃除はサボる。かと言って決して学校が楽しくないわけじゃなくて,それなりにワイワイガヤガヤやっている。なんか,ほんと"新人類"だと思うよ。」

*B 君 「先生,それ僕のことですか?」

*大 坂 「あ,そう?そんなふうに感じた?分からないように話したつもりなんだけどなぁ。」

*Aさん 「当たっているから,何も言えないでしょう?」

*B 君 「ウルサイ!」

*大 坂 「しかしとにかく,若者にとっては現代が"青春しづらい"時代になって来たのは確かだね。」

*Aさん 「私たちも考えなくちゃいけませんね。」

*B 君 「そうそう,遅刻をしないとか掃除をサボらないようにするとかね。」

*Aさん 「それじゃ,小学生と一緒でしょう!もう何考えているの!」

*大 坂 「まあまあ落ち着いて。基本的な生活習慣を確立するのは当然だけど,君たちにはやっぱりちゃんと世の中のいろいろなことに目を向けて,年齢に応じた興味・関心を持ってほしいね。それにすぐに選挙権も手に入るんだから,絶対に棄権はしてほしくないしね。つまり早い話が,いつまでも『モラトリアム』を楽しむのではなく,いい意味で早く"おとな"になる努力をしてもらいたいということだ。」

*Aさん・*B君 「分かりました。」

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