「ロックで学ぶ現代社会」rock meets education
第2部 『現代の政治・経済とわたしたちの生活
第4章 人間の尊厳と平等−男女の平等
もうかなり前になるが,「私作る人,僕食べる人!」というコピーのインスタントラーメンのコマーシャルがあった。女の子が男の子にラーメンを作ってあげるという,どこにでもある光景を映したものだったのだが,これはたちまち問題になり,メーカーはあわててこのコマーシャルの放映を中止した。さて何がいけなかったのだろうか。 私たちは日常よく「男らしく」とか「女らしく」という言葉を使う。しかし,「男らしい」「女らしい」とは一体どういうことなのだろうか。「力が強く,責任を持って外で働き,粗野でもとやかく言われず,黙って女性の奉仕を受ける」ことが男らしく,「弱々しく,家庭を守り,おしとやかで,かいがいしく父や夫や息子に奉仕する」ことが女らしい−これが一般的なイメージである。しかし,現在このイメージは音を立てて崩れつつある。今日女性が外で働くことは一般的になっているし,男性の家事参加も強く訴えられている。弱肉強食の前近代的社会ならいざ知らず,機械化が進み体力的な差異が問題にならなくなった現代社会においては,社会生活の場で男性と女性を「差別」することはほとんど無意味になっている。私たちはここで「性差別」とは何かという問題について振り返ってみたい。 日本国憲法第14条には個人の「法の下の平等」が定められており,男女間に差別はあってはならないとされている。ただ,どうしても間違いないことは,男女間に形質的・能力的に一定の「差」が存在するということである。たとえば,男はどんなに努力したところで子どもを産むことはできないし,一般的には女性よりも男性の方が体力(筋力)は上回る。そのため,そこには一定の「区別」が必要となってこよう。たとえばいくら「男女平等」とは言っても,陸上競技や格闘技などのスポーツ競技で男女混合試合を行ったり,女性に深夜労働や過酷な筋肉労働を強いたりすることは「平等」とは呼べないだろう。男女はお互いに他者の特質を認め合い,お互いに補い合いながら協力しあって社会を形成してゆく必要がある。したがって,そのことを踏まえた「男女平等」のあり方が模索されなければならない。現在求められている"男女共同参画社会"とはそういうことである。 "性別"には,生まれながらの"生物学的な性"(sex)と,社会的に作り上げられた"社会的役割としての性"(gender)が存在する。現在求められているのは,この"社会的性差からの解放"(ジェンダー・フリー)であることは言うまでもない。 それでは,その歴史的経緯はいかがなものであったのだろうか。 原始時代には社会は母系制であったといわれる。そこでは決して女性の地位は低いものではなく,かえって新しい生命を生み出す神秘的な力を持つものとして神聖視され,呪術的な権威を持った女性もいた。「鬼道を事とし,能く衆を惑わす」(まじないによって,人々の指導者になった)といわれる日本の邪馬台国女王卑弥呼などはそのよい例であろう。しかし中国に儒教思想が興ると,「男女7歳にして席を同じうせず」「幼くしては父に,嫁いでは夫に,老いては子に従え」と,女性は男性に奉仕すべきものであるという女性蔑視観が一般的となり,儒教道徳が東アジアに広まってゆくにつれて,日本でも女性の地位は低下していった。 ヨーロッパでも状況は同じであった。特にギリシア・ローマ時代は,高度の文化と民主政治の開花とは対照的に根強い女性蔑視観が存在し,あの大哲学者アリストテレスも「女は劣等で支配されるべきもの」との見解を表明している。 神の前での万人の平等を説くキリスト教が支配した中世ヨーロッパにおいても,女性の地位にはさしたる変化はなかった。「騎士道」精神は女性へのプラトニックな奉仕を美徳としたが,これとて上流階級の貴婦人にのみ通じるものであった。ジャンヌ=ダルクもこのような時代に活躍したからこそ一層光を放つのであろう。 ルネサンス時代には古典に通じ学者や芸術家を保護する女性が生まれ,絶対主義時代には16世紀イングランドのエリザベス1世のような偉大な女性の君主が登場した。しかし,それはやはり上流階級間だけのことであった。 それに対して,女性大衆が初めて歴史の上に登場したのは18世紀末のフランス革命においてであり,パリの一般女性たちは革命の進行に大きな力を発揮した。このような中で1789年「フランス人権宣言」は階級間の平等を歌いあげたが,この時点でもまだ女性の存在は無視されている。一方イギリスに始まった産業革命の進行は,少年労働者と並んで婦人労働者の境遇を特に悲惨なものにしたので,社会問題の一環として婦人問題が大きくクローズアップされ,19世紀以降広範な女性解放運動が展開され,女性の地位は次第に向上していた。その間,クリミア戦争に際して敵味方の区別なく傷病兵の看護にあたったナイティンゲール,『アンクル=トムの小屋』を書いて,黒人奴隷制度廃止の世論を高めるのに貢献したストウ夫人,20世紀初頭のドイツの革命家ローザ=ルクセンブルクのように,多くの女性が各方面に顕著な活躍を行ったことも彼女たちの地位を向上させるのに大いに役立った。 しかし,意外なことに女性解放運動の先進地域の欧米でさえ,女性が男性と同じ政治的権利を持つようになったのは,やっと今世紀になり第1次世界大戦が終了するころからであった。そして,日本では第2次世界大戦後日本国憲法制定がされ,第14条においてはっきりと「男女平等」が定められた。このようにして,今日日本では法的にはほとんどの性差別が解消されたが,私たちの回りにはまださまざまな因習的な差別が残っており,その解消が急務とされている。
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労働基準法は1986年に男女雇用機会均等法が成立するまでは,第4条で「女であることを理由に賃金に差別的な取り扱いをしてはならない。」と規定しているが,同じく第3条では均等待遇をうたいながらも性差別を禁止していなかった。そのため女性に対して結婚や出産による解雇,25歳定年などの差別的な制度が存在した。また,賃金に関しても,1985年の段階で男性を100としたときの女性の賃金月額平均はわずか51.8で約半分の水準に過ぎない。(労働省(当時)「毎月勤労統計調査」より)しかし,国際連合は1975年を「国際婦人年」とし,その後「国連婦人の10年」の活動の中で,1979年女子に対するあらゆる形の差別撤廃を求めるいわゆる女子差別撤廃条約が採択された。紆余曲折の末,日本も1984年この条約に批准加盟し,その結果制定されたのが「男女雇用機会均等法」であった。そしてその結果,法的な男女差別はほとんど姿を消すこととなった。 しかし,現在でも私たちの回りには「女だから短大」とか「女だから家事をしなさい」とか「女のくせに…」と言う女性蔑視の言葉が氾濫している。問題は法律の改正だけでは決して解決しない。私たちの心の中こそ問題なのである。一般的な事がらにおいて男女間に能力の差は認められない。男女両性の平等と相互理解・相互協力の必要性こそ,これからの教育の大きなテーマのひとつであろう。
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*Aさん 「確かにね。私たち女は今までずっとしいたげられてきたのよ。今こそ立ち上がるときが来たんだわ!」
*B 君 「突然,ウーマンリブの闘士になっちゃって…。」
*Aさん 「何ですって?」
*B 君 「いえ,何でもございません。」
*大 坂 「まあ,とにかくだ。男女の差別の問題に関しては,まずこの曲を聴いて考えてみたいね。」
*Aさん 「元気のいいヤツを一発お願いします。<(`^´)>」
*大 坂 「だから,下品になることが"男女平等"じゃないんだけどなぁ…」
WOMAN IS THE NIGGER OF THE WORLD John Lennon 1972
女は世界の奴隷か! ジョン=レノン 1972年
ジョン=レノンはビートルズの精神的リーダーであり,バンド解散後は妻となった日本人前衛芸術家小野洋子とともに平和運動に身を投じた。この曲は1972年にシングルレコードとして発表されたものであるが,内容が差別的であるとされて放送禁止に指定された。実際日本語タイトルは『女は世界の奴隷か』と疑問文になっているが,原題は『女は世界の黒んぼだ』と肯定文になっている。(なおここで断っておくが,英語の"nigger"という言葉はそれ自体が黒人に対する差別用語であり,ここでは「奴隷」の意味で使われている。したがって訳出する上で困難があったが,原文の意を尊重して,敢えて「黒んぼ」という言葉を使った。)ただし当然のことながら,レノンがこの曲で『女は世界の奴隷だ』と言うとき,それはあくまでも反語表現であって,彼は男性社会の矛盾をつくためにこのような過激な表現を使ったのである。この曲の中で歌われている情景は,我々の身の回りに日常的に見受けられる光景である。この曲は,口では女性の尊重を叫びながら実際には女性の真の人格を認めようとしない,貧しい男性優位社会への激しい嫌悪と風刺が込められている。
*Aさん 「ちょっと先生!いくら反語表現だって言っても,これはひどすぎます。ジョン=レノンと言う人は本当にいい曲を作る人だと思っていましたが,この曲聞いたら興ざめです。」
*大 坂 「まあ,Aさん,そんなに怒らないでよ。ジョン=レノンが本当は女性を尊重しているんだってことは,この曲から18年後の彼の死の直前に出たアルバム『ダブル・ファンタジー』の中のこの印象的な1曲を聞けば分かる。誤解だってことが分かるよ。」
WOMAN John Lennon 1980
ウーマン ジョン=レノン 1980年
*大 坂 「ね,これで誤解が解けただろう?」
*Aさん 「はい,これなら文句ありません。男って,かわいいもんなんですね。」
*B 君 「あーあ。」