「ロックで学ぶ現代社会」rock meets education
贈る言葉−高校生の皆さんへ
贈る言葉−高校生の皆さんへ
高校生のみなさん,この本をここまで読んでくれてありがとうございます。最初は「どうしてロックで授業が分かるの?」と疑問を持っていた人も,今はロックを通じて,社会の成り立ち・あり方を学ぶ気持ちを持ってくださったら幸せです。その意味で私の『ロックで学ぶ現代社会』の授業は,ここでひとまずおしまいと言うことになります。
しかし,一つだけ心残りがあります。それは,私たちが今生きているこの"世界"についてです。
この本の中で何度も言ったように,「この世の中」というものは,とにかく面白いものです。次から次へと魅力的な人間が現われ,事件が起こり,ドラマチックな歴史を作り,また作りつつあります。「歴史は素晴らしい」「経済もおもしろい」「政治も捨てたもんじゃないぞ」−それを分かってもらいたくて,私は自分なりにがんばってきました。そして,その理想は,今かなり達成されたと思います。
それでは,何が心残りなのかって?それはこういうこと。
君たちはロックという身近なテーマを通して,世界のこと,この君たちの生きている「現代社会」のことについて学んできました。しかし君たちには,本当に地球的(グローバル)な意味で,自分の身の回りを見る態度が身についたでしょうか。偏見にも先入観にもとらわれず「世界」を見る目が身についたでしょうか。ただそれだけが,心配なのです。
思えば,ここ何十年かの間に世界は大きな変革の時代を迎えました,東西冷戦の終了もつかの間,まるでふたが開け放たれたパンドラの箱のように世界中で地域紛争が続発し,アメリカ同時多発テロからアフガニスタンやイラクでの戦争,それに対するむなしい自爆テロの続発…。また国内に目を向ければ,バブル経済の崩壊と平成大不況,そして,小泉政権の下で行われつつある新しい価値観の再構築。まさに古い世界の終わりと,新しい時代の始まりを感じさせてくれます。しかし,この動きをあなたがたは一体どんな目で見つめていたのでしょうか。のちのちまで語り継がれるような,歴史の教科書に載るのも間違いないようなこれらの大事件を,君たちは真剣に見守っていましたか?「ああ,そういえばそんなことが…」程度の認識の人はいませんでしたか?自分の身の回りのことしか興味がない,新聞やテレビのニュースにも無頓着,そんな気持ちの人には,まだ本当の「世界」が分かったとは言えないと思います。無知と差別と偏見と暴力に満ち溢れた世界だからこそ,今こそ君たちの新しい力が必要なのです。絶対に必要なのです。しかし今の君たちに,それができるでしょうか?私にはまだ,確信が持てません。自分の好きなものには興味も示し,研究もし,賞賛もするけれど,それ以外のものに関しては驚くほど無関心。戦争が起ころうが災害が起ころうが,それよりは今日の晩ご飯のおかずの方がはるかに大切…。そんな人が結構いるのではないでしょうか?私が君たちに「教え残した」ことがあるとすれば,それが最も大きなものでしょう。
私は戦争を憎みます。何よりも平和を愛します。それは君たちだって同じことでしょう。しかし,今の君たちに,本当にその平和を守ることができますか。
子どもの世界では「イジメ」が蔓延しています。ちょっと他の子どもたちと違ったムードを持っている子ども,体が弱かったり気が弱かったり,あるいは様々な意味でハンディを背負っている子どもたちがその犠牲になっているようです。「かわいそうに…。」という言葉で済ますには,私たち大人も余りにも大きな罪を負っています。歴史に例をとっても,自分たちと違う宗教を信じるものは殺すべしとする十字軍。同じ村人でさえその虐殺の犠牲にした異端審問や魔女狩り。現在の日本でも同じです。世界第二ともいわれる経済大国になりながら,みずからの殻の中にとじこもり,国際的には異端児とされている。白人は必要以上に尊びながら,同じアジアの人々は「ガイジン」として,侮蔑と哀れみの入り交じった好奇の目で見つめる。これが果たして「国際社会に貢献する日本」の姿として正しいものなのでしょうか。そして,本当に君たちはそれが分かっているのでしょうか。いや,分かろうとしているのでしょうか?
だからこそ,君たちは,これからも自分の世界にだけ閉じこもることなく,世界に対して大きく目を開いて「今」を知る必要があることを忘れないでいてください。そして,「世界」を知ることはその大きな助けになってくれることと思います。今こそ,アフリカの飢えた人々に,アジアの苦しむ人々に,海の隣でハングルを綴る人々に,関心を持たず,知らずに過ごすのは「犯罪」的なことでさえあると思います。何度も言ったように,これからの世界を創っていくのは君たち,そして私たちなんです。そして,そのためには「世界」を知ることが大きな助けになってくれると信じます。
この本の最後の最後に,私の大好きな,というより,私の"尊敬する"珠玉の一曲を贈ります。そして,願わくは,いつのに日か世界がひとつになる日がくればよいと,ただ,ともにそう祈る事としましょう。
IMAGINE John Lennon 1971
イマジン ジョン=レノン 1971年
−おわりに−
『ロックで学ぶ現代社会』−この奇妙な題に興味を持って本書を手に取ってくださった皆さん,最後まで読み終えてご感想はいかがですか。この,評論のような,参考書のような,お芝居の台本のような,英語の教科書のような,妙な本を読んでくださって,ためになるかならないかは別にして"おもしろかった"という感想を持っていただいたなら,それで本書の意図の70パーセントは達成できたのだと思います。ただ読者の皆さんの中には,本書を読んで,
「どうして,あの曲がないんだ!」
とか,
「この曲よりも,もっといい曲を知っているぞ!」
と,お怒りの向きもあるかもしれません。そこは趣味の問題もあり難しいところです。今回も他に適当な曲が見つからないため,あえてマイナーな曲を利用したところもありますし,少々テーマからは離れているけれど好きな曲だから使っちゃえ,なんていいかげんなところもありました。
ただ,この本を書き終えてつくづく思ったのは,やはりビートルズ,特にジョン=レノンはすごいなということでした。公式に存在したのはわずか8年。公式にレコーディングした曲213曲というわずかな時間と曲数の中で,彼らはものすごく大きな仕事をなし遂げてくれました。森羅万象ありとあらゆる分野に言及してくれているといっても決して過言ではありません。しかし,すべてをビートルズの曲で説明することもやはり多少の無理がありました。そのため『ヘイ・ジュード』は『明日に架ける橋』にその場を譲りましたし,『ホエン・アイム・シックスティ-フォア』は『旧友/ブックエンドのテーマ』に置き換えざるをえませんでした。それはともあれ,これからもさらに彼らの研究は続けてゆきたいと思っています。
本書は高等学校での私の教職経験23年の中で,徐々に培われたものを1冊にまとめたものです。その間一緒に勤めさせていただいた多くの先生方には,多くのご指導・ご教示をいただきました。この場をお借りしてお礼申し上げます。
また,本文に明示した以外に参考とさせていただいた主な文献は,
『岡山県立成羽高等学校 人権学習資料集』(加藤・藤井・大坂 編)
『THE BEATLES LYRICS』 Futura Macdonald & Co. London & Sydney
『もっとビートルズ』 香月利一 著 音楽之友社
論文『歴史上の人物としてのビートルズ』 大坂秀樹
などです。また,本文中のロック・ミュージックの歌詞に関しては,第一義的にはそれぞれのCD・レコードなどの歌詞カードによりましたが,これが不正確と思われる場合には,他の資料によって修正を加えました。対訳はすべて私自身が行いました。訳に誤り・勘違い等があれば,すべて私の責任です。
しかし,著作権上の問題があるためこのサイトでは表示しておりません。ご容赦ください。
本書を読まれて興味を示された方は,ぜひ「ビートル文化史研究-Things I Said Today」もお読みいただけたら幸いです。
なお,本書はぜひ出版して世に問いたいと長年いろいろと交渉してきましたが,歌詞の著作権処理がネックとなっていまだ日の目を見ておりません。出版関係者で,その面倒な著作権処理をお引き受けいただける方がいらっしゃいましたら,ぜひご連絡ください。
連絡先→大坂秀樹